陰影 礼賛。 陰影礼賛

『陰翳礼讃』の読書感想

ハイ、え~っとですねえ、 この文章は谷崎潤一郎の「陰影礼賛」の中の 羊羹(ようかん)について語るくだりだったりします。 建築というのは元来、素材の色に縛られていましたから、そんなに色遣いを楽しむことはできなかった。 「谷崎潤一郎年譜」(, pp. なかなか居室では今どきつくりにくい(ある程度明るくしないと今の生活には不便で)面もある中で、ロフト、というおまけの空間で自然と実現できたように思います。 彼の目から見た日本とは、世情とは、ほんとうにどういったものだったろう。 作品背景 [ ] をきっかけに、からに移住した谷崎潤一郎は、それ以降もずっとその地方で暮すことになったが、それは震災後の東京から昔の情緒が失われたことへの不満も大きかった。

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光の館

なぜなら、そこにはこれと云う特別なしつらえがあるのではない。 それにつけても、近代の歌舞伎劇に昔のような女らしい女形が現れないと云われるのは、必ずしも俳優の素質や容貌のためではあるまい。 だから私は、自分の家で四方の雨戸を開け放って、真っ暗な中に蚊帳を吊ってころがっているのが涼を 納 ( い )れる最上の法だと心得ている。 はにあるのではなくて、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある。 だが不思議にも、その同じ手が舞台にあっては妖しいまでに美しく見え、自分の膝の上にあっては只の平凡な手に見える。

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《陰翳礼讃》(いんえいらいさん)とは

「面倒がかかる本」ばかりが集まっているのだ。 われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保っている、あの繊細な明るさを楽しむ。 というのも当時筆者が住んでいた家は、書院造の純日本風の家であって、藁葺の巨大な屋根を持ち、家の周りに縁側を巡らし、外の空気とは、雨戸を取り払えば、障子一枚で隔てられているといった開放的な造りなのであったが、何故か部屋の奥まったところは薄暗い雰囲気になっていて、そこに谷崎が言うような深い陰影が生じているのであったが、普段はあまり気にしない、そういう家の造りの持つ意味について、この文章が考えさせてくれたというわけなのであった。 』 と述べています。 母は至ってせいが低く、五尺に足らぬほどであったが、母ばかりでなくあの頃の女はそのくらいが普通だったのであろう。

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陰影礼賛:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

元来書院と云うものは、昔はその名の示す如く彼処で書見をするためにあゝ云う窓を設けたのが、いつしか床の間の明り取りとなったのであろうが、多くの場合、それは明り取りと云うよりも、むしろ側面から射して来る外光を一旦障子の紙で濾過して、適当に弱める働きをしている。 巧妙とは何事か。 当たり前のようで、現代のような明々と画一的な光量の下に生きる我々には忘れがちなこと。 どうでしょう。 フェヒナーの法則からもそう言えるでしょう。 蝋燭の灯ではあまり暗すぎると仰っしゃるお客様が多いものでござりますから、拠んどころなくこう云う風に致しましたが、やはり昔のまゝの方がよいと仰っしゃるお方には、燭台を持って参りますと云う。 228-244)• そして、映画の演出法を説いたものとしても読める『陰翳礼讃』の「洞察の鋭さ」や「」を指摘し、「谷崎はそれとは知らずに、時代の映画理論家として、世界でもっとも美しい書物を書いていたかもしれない」と高評している。

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陰翳礼讃的建築の設計

そんなわけなので、この「千夜千冊」にはぜひ谷崎の代表作をひとつ入れる必要があるのだが、ここではそうしなかった。 個人的には、そのあとに編入されている 「客ぎらい」も好きです。 谷崎の時代と現代ではレベルが違うけれども、放っておけば、人々は明るさを求め続けるということになるのだと思います。 分けてもあの、木製の朝顔に青々とした杉の葉を詰めたのは、眼に快いばかりでなく些の音響をも立てない点で理想的と云うべきである。 111)• たとえば金銀螺鈿の蒔絵。

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谷崎潤一郎の陰翳礼讃

暗さを考えるとき、明るさとコントラストを織りなす「陰」の存在を考えるというのがあります。 ぜんたい私の注文を云えば、あの器は、男子用のも、女子用のも、木製の奴が一番いゝ。 (中略) 分けても私は、書院の障子のしろゞろとしたほの明るさには、ついその前に立ち止 まって時の移るのを忘れるのである。 寒暑や飢餓を凌ぐにさえ足りれば様式などは問う所でないと云う人もあろう。 っと、まあ肩肘張らずにやってみましょう。

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陰翳礼賛

されば眉目のなまめかしさはその人本来のものであって、毫もわれ/\の眼を欺いているのではない。 そこは編集工学研究所が借りていて、1階の井寸房(せいすんぼう)や本楼(ほんろう)、2階のイシス編集学校の事務局にあたる学林と制作チーム、3階の企画プロデューサー・チームと総務・経理などに分かれている。 たとえば羊羹。 それで私はいつも思うのだが、病院の壁の色や手術服や医療機械なんかも、日本人を相手にする以上、あゝピカピカするものや真っ白なものばかり並べないで、もう少し暗く、柔かみを附けたらどうであろう。 そのような和紙を透過した光は室内のものを柔らかく見せ、人々の表情をやさしくします。 それが、近頃の洋館は天井が低いので、すぐ頭の上に火の玉がくるめいているようで、暑いことと云ったらない、体のうちでも天井に近い所ほど暑く、頭から襟頸から背筋へかけて 炙 ( あぶ )られるように感じる。 さて、そんな「陰影礼賛」のなかでも、 冒頭にあげた羊羹を語るくだりはなぜか人気があるようなんです。

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